無事に引っ越しが完了しました!
一歩一歩、お一人お一人、一つずつ
 三、四日前に夢を見ました。。。間違えて、3月まで牧会していた教会の礼拝に行った夢です。夢の中で、このことに気づき、急いで4月からの新しい教会に向かって車を飛ばしました。。。
今、部屋中、荷物の山です。これらを整理しながら片づけています。本当は引っ越しの前に処分しなければならなかったたくさんの資料などがありましたが、引っ越しの後、今、いろいろと処分を始めています。カナダ時代にした礼拝説教の原稿や資料などもあります。お祈りをし、感謝をし、決心して捨てることにしました。聖霊論関係のファイルもたくさんあります。処分すべき書物もあります。これらも、決心して、処分しなければいけない時が来たようです。一所懸命学び、集めた資料が含まれていますが、「断捨離」します。。。今しないと後が大変ですから。「過去」の恵みは恵みとして感謝し、お捧げし、これからの導きに従っていきたいと思います。
きょうは、午前中、CBIで「ギリシャ語?」、直後に、「GMYK:ギリシャ語で黙示録を読む会」、そして急いで名古屋から金山に行き、東海聖書神学塾で「旧約釈義」を担当しました。時間がなくて、家内が準備してくれたお昼のお弁当を食べることができませんでした。4月から、毎週火曜日は、「セミDay…seminary day」になりました。
心身共に守られて動けることを感謝します。やれるかぎり、
献身者の方々の応援をしていきたいと思います。
以上、こんな感じで、引っ越し後の「稲沢生活」が始まっています。非常に忙しい中にありますが、皆様のお祈りを感謝いたします。
2018-04-17 21:15:37[投稿番号:51]

稲沢教会の牧師となりました!
ただ今、引っ越し準備の真っ最中
 4月1日より、稲沢教会の牧師としての働きが始まりました。今年は、1日が日曜日で、イースターでもありましたので、たくさんのことがありました。
まず早朝7時に、稲沢公園で市内四つの教会が集まるイースター礼拝があり、私たちも参加しました。祖父江教会の小森先生は、クリスチャンになる前からの友人でしたが、今また、同じ町で牧師として共に働けることに感動しています。
10時30分から、稲沢教会でイースター礼拝をもちました。子どもたち中心のファミリー礼拝でしたが、賛美あり、イースター寸劇もあり、楽しい、また教えられる礼拝となりました。手話賛美グループによって「イエスが愛したように」が歌われたとき、涙でいっぱいになりました。
礼拝後、食事と交わりがずっと5時ごろまでつづきました。
稲沢教会の兄姉と共に、歩めることを感謝します。
十字架とイースターの祝福が豊かにありますように。
2018-04-04 18:34:50[投稿番号:50]

ディボーション・プラス運動
ダニエル6章10節
 25日は、岩倉教会での最後の礼拝でした。23年間ともに歩んでくださった兄姉たちに心から感謝します。最後の挨拶で引用したヨハネ20章17節(わたしの兄弟たち)にあったように、岩倉教会の兄姉とは、「牧師と信徒」の関係ではなく、「兄弟姉妹」となったことを覚えて歩んでいきたい。すべてを支配し、ここまで導いてくださった神様に感謝します。
先週の木曜日の祈祷会で「ディボーション・プラス運動」を提唱した。これは、ディボーション(毎朝の礼拝)ももちろん大切だが、そのあとの生活も大切である。そのあとの一日の歩みの中で、ダニエルのように、神様を礼拝するときを持つことを強調する運動である。
イスラムの人々は、日に5回、礼拝している。私たちは、回数も内容も、イスラムの人々以上に、神様を礼拝しつづけていってよいのではないかと思います。それが本当に必要であることを強く感じています。そこからクリスチャンはもっと変えられていくし、周りの方々によい影響を与えていくことができるのではないか。初めは一回かもしれない。少しずつ、私たちの一日の生活やリズムに沿って、神様を礼拝することを増やしていきたい。礼拝内容は、例えば、以前、ブログで提唱したように、五つのポイントを確認したらどうでしょうか。御霊ご自身が、共におられるので、この運動を豊かに用いてくださいますように。
2018-03-26 06:41:26[投稿番号:48]

感謝します!
ほとんどすべてが終わりました
 18日に岩倉教会での最後の礼拝メッセージ奉仕をさせていただきました。終わってみれば、あっという間の23年でした。たくさんの思い出が詰まっていますが、本当に神様に、そして教会の兄姉に感謝します。43歳で子ども4人連れて、カナダから岩倉教会に移ってきました。これから何が始まるんだろうとドキドキしながら4月の最初の礼拝、教会の交わりに臨んだのを微かに覚えています。その時から、今に至るまで、神様のご真実とあわれみは変わりませんでした。溢れています。そして岩倉教会の兄姉との交わりも、神様の豊かな導きの中で深められ、本当の霊の家族になっていることを実感しています。神様の道を歩ませていただくことは何と素晴らしいことでしょう!
4月1日からは稲沢教会に移ることになります。また同じようにドキドキしながら、稲沢教会の兄姉と共に神様の道を歩んで行きたいと思っています。どうぞ覚えてお祈りください。
また牧師一年生として再出発したいと思います。
家内のためにお祈りくださり、感謝いたします。細胞検査の結果、甲状腺に腫瘍はあるものの、良性で手術はしなくて良いとのことでした。家内の(美)声は前のようにはまだなっていませんが、少しずつ回復してきているようです。お祈りを感謝いたします。
改めて、神様に感謝し、岩倉教会の兄姉、ブログを読んでいてくださる兄姉に感謝いたします。
2018-03-20 07:00:41[投稿番号:47]

アドバンスコースも終わりました
一つのお返しができた!
 昨年4月から始ったアドバンスコース(牧師のための継続牧会学)が昨日で終了しました。本当に感謝しています。私自身の学びにもなりましたが、それだけでなく、教派を超え、年齢や様々な違いを超えて、牧師たちがともに分かち合い、神様にあって一つである恵みを経験することができたからです。本当に教会とは、超教派で、多様で、違いをあげたらきりはありませんが、それでも神様にあって一つとされている交わりですね。本当に心から感謝し、神様のみ名を崇めたいと思います。
このコースは、一年十回で、朝10時30分から午後2時40分までの長時間のものでしたが、体力的にも守られました。実は、約25年前、アメリカのトリニティー神学校「牧会学コース」を取るようになり、たくさんの有益な学びをさせていただきました。いつか、この恵みをお返ししたいと思っていましたが、ついにそのチャンスが与えられたと思っています。今回、「洋風牧会学と和風牧会経験を合わせて」というキャッチフレーズで、実践的牧会学を担当しました。限られた時間の中でクラスのために準備することは大変でしたが、今、本当に感謝しています。教会における「リーダーシップ(チーム)」、「霊性」、「交わり」、「構造・規則」、「ミッション(ステイトメント)」と、「説教」についての学びの多くは、トリニティー神学校で学び、その後の牧会で実戦させていただいてきたものです。
日本(揖斐・北方)で、カナダ・アメリカで、そしてまた日本(岩倉)で牧会と学びをさせていただいた恵みのお返しが一つできたかな、と思っております。
改めて神様に感謝し、諸教会に感謝いたします。
2018-03-13 07:18:05[投稿番号:46]

ここまで、これて感謝します!
寒い冬も終わり、春が近づいてきました。
 朝、散歩に出ると、春が近づいてきたことを感じます。川でカモが泳いでいたり、小鳥のさえずりが聞こえたり。まだ桜の蕾はかたそうですが。。。
去年の4月からの協力牧師としての奉仕も、初めてでしたが、守られて終わろうとしています。武川先生にすべてをお委ねして新しい歩みに踏み出せそうです。
振り返ってみますと、協力牧師になったことと、週休二日になったことで、二つの神学校でずい分たくさんのクラスを担当してしまいました。ここまでこれたことは不思議なくらいです。インフルエンザで40度以上の熱が出たこと以外、あとは守られてここまで来ることができました。CBIの旧約釈義のクラスはまだ少し残っていますが、東海聖書神学塾のヘブル語?のクラス、霊性のクラス、アドバンスコース(牧会学)も残すところ、あと一回ずつになりました。本当にここまで来れたことを感謝します。
霊性のクラスは初めてでしたが、楽しかったです。自分自身にとってもチャレンジで、学ぶことが多かったように思います。霊性の歴史の学び、ディボーション+アルファの実践、霊性と献身、霊性と聖霊論、霊性と救済論、霊性と教会論、霊性と終末論、霊性と三位一体論…とやることができました。しかし霊性の学びには終わりがありません。。。
家内のためにお祈りください。甲状腺に腫瘍ができていて、良性か悪性か、細胞検査中です。神様の最善の御心がなされますように。お祈りを感謝いたします。
2018-03-02 21:39:05[投稿番号:45]

If I Were Starting My Ministry Again
もう一度牧師をやり直せるなら
 最近、ジョン・ドレッシャーの「日本語タイトル:若い牧師・教会リーダーのための14章」(もしも私が再び奉仕を始めるなら)を読んだ。本の内容が良かっただけでなく、この本のタイトルから考えさせられた。英語のタイトルから考えると、「自分はもう牧師になれない(年齢的に牧会はできない)が、もし万が一できるとするなら、どんな牧会をしたいか」ということになる。
私は、昨年2月で65歳になった。年齢的に言うなら、同盟福音という教団では牧師の退職年である。…ああ、私もこれで牧師という働き(奉仕)を終えることになるかもしれないと考えていた。実際に、牧師たちの中で、昨年、牧師を(完全に?)引退した友人もいた。
しかし、約50年前に神様が、この私に「人間を捕る漁師にしてあげよう」と語ってくださった御言葉が、私の人生で完全に成就したとまでは言えない何かを感じていた。
幸い、神様の憐みと稲沢教会のお招きを通して、もう一度、牧会することができるように導かれた。「If I Were…」ではなくて、なおもう少し、「人間を捕る漁師」としてご奉仕を続けるお許しをいただいたように思っている。
何ができるかわからない。どのようにできるかわからない。しかし最後の最後として、神様から再びいただいたお許しを大切にして、神様と教会にお仕えしていきたい。御霊と共に!
2018-02-19 21:50:27[投稿番号:44]

再献身をつづける!
ディボーション:イザヤ6:1−8
 ディボーションの中で、イザヤ書6:1−8を読んだ。どうしてイザヤは、「私はもうだめだ。(2017訳…私は滅んでしまう)」と叫んだのに、8節で「ここに、私がおります。私を遣わしてください」と言ったのか、言えたのか、
いろいろ考えた。「聖なる、聖なる、聖なる神様」の臨在の前に、イザヤが叫んだ叫びは自然である。当然である。それなのに、どうして彼は、神様の「誰を遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」という神様の声を聞いて、「私を遣わしてください」と言えたのか。
答えは、第一に、イザヤのよく知っている神様の求めを聞いたから、そのままにできなかった。逃げられなかった。知らないふりはできなかった。第二に、彼は、自分が汚れていることを自覚していたが、セラフィムのひとりによって本当にきよめられたことを知っていたから。罪があるにもかかわらず、罪赦され、生かされていることを知ったから。第三に、人々の必要、時代の必要があったから。イザヤの奉仕は特殊だった…人々の心がますます頑なになる…しかしそれでも、この時代に神様のみこころを預言し、残しておく必要があった。
いろいろ考えながら、私自身の4月からのご奉仕にも当てはめることができた。「もうだめだ」⇒「神様からのきよめ、ゆるし」⇒「神様の派遣と献身の応答」
これらを繰り返しながら、私も、神様のみこころに応答し、遣わされていきたい。
2018-02-15 21:14:04[投稿番号:43]

ダニエル6章10節から
日に三度祈った!
 続けて、一日24時間において、どのように神様と共に歩んだらいいのか考えている。また教えられたいと願っている。
11日の朝、ダニエル書6章を読み、ダニエルが一日に三度神様に祈っていた箇所に目が留まった。
それからずっと、一日三度神様の前に出て祈ることは習慣だったのか、当時のユダヤ人にとっての決まり、または標準的なことだったのか考えるようになった。
またこのことが示す、現代の私たちに対する教えは何にか。これは、当時の習慣にすぎないことなのか、絶対的普遍的な教えなのか、またはクリスチャンとしての標準的なあり方なのか。
私たちは、イスラムの人々とは違うが、一日に三度祈ること(もちろん、祈りの質も重大!)を標準的なこととして考えてもいいのではないか。朝のディボーションや就寝前の祈りも入れると、5回になるかもしれない。しかし、今の忙しい時代だからこそ、それくらいいのりつつ、歩んでもよいのではないかと考えるようになった。
2018-02-06 12:11:17[投稿番号:42]