コロナ禍にあっても変わらない交わりのめぐみ
 先週と先々週は、いろいろな牧師さんたち(夫妻、ご一家)が教会にお出でくださり、神様にある楽しい交わりをいただきました。コロナ禍にあるので、どうしても外出することが少なくなり、交わりも少なくなっている時でしたから、本当に幸いでした。終わって、帰られた後、私たち(家内とともに)の心に恵みと感謝が残りました。

また、毎日、メールやズームなどを通して与えられている交わりもあります。これらも、一つひとつ神様にある交わりとして、大切にしようと思っています。今朝も、毎月一回ですが、「HDYK」(ヘブル語で伝道者の書を読む会)があり、楽しい交わりの中で、旧約の中では一番難しいと言ってもいいくらいの「伝道者の書」を、ヘブル語を読みながら、訳語から考えていくことができました。当初の予定より非常に遅れていて、いつ終わるか分かりませんが少しずつ読んでいます。
また、明日は、CBSのギリシャ語3(新約釈義から説教へ)のクラスがあります。これも主にある交わりです。その後、午後には、東海地区のオンギジャンイ委員会があります。奉仕者の皆さんが、稲沢教会まで来てくださることになっています。
緊急事態宣言中でもあり、気を付けて委員会をもちたいと思います。これも神様にある交わりですね。

クリスチャンが集まると、そこに神様にある交わりが始まります。本当に感謝だなあああと、近頃、特にそう思っています。

毎日の朝の祈りの中で、「隣人」について祈る祈りの時があります。第一の「隣人」は家内ですが、そこからさらに、きょう、会うことになっている人たち、突然、会うかもしれない人たちなど、いろいろ予想しながら、祈りつづけ、備えています。

コロナ禍にあっても、主にある交わりの恵みがあることは本当に賛美です。ハレルヤ!
2021-02-22 17:50:11[投稿番号:189]

お知らせです!
『ジャンルを大切に・・・』読書会
 いよいよ『ジャンルを大切にして聖書を読む』を使用しての読書会が始まります。『百万人の福音』(3月号)でも宣伝しましたので、宣伝と準備は終わりました。関心のある方は、詳細がこのブログの「出版案内」にありますので、お読みください(また、1月5日のブログにも、同じ説明があります)。

まず、3月7日の夜7時から8時までの1時間を使って、拙著の1章を読んでいきたいと思います。1か月(4回)かけて1章づつ読んでいきたいと思いますが、どうなるでしょうか。お申し込みは、メールでお知らせください(wordanspirit@nifty.com)。

なお、この読書会は、あくまでもお一人おひとりの聖書の読み方を助けることが目的ですし、そのことが、それぞれの教会の祝福になることを願っていますので、参加希望の皆さんは、牧師先生とよくお話しくださり、その牧会指導に従ってください。そうでないと、この読書会の祝福になりませんので、よろしくお願いいたします。

他の曜日、他の時間についても、さらに考えていく予定です。皆さんからの要望などありましたら、メールを通してお寄せください。

この読書会を通しても、皆さんのディボーションがさらに豊かなものとされますように。神様が、この読書会をも用いてくださいますように。感謝いたします。ハレルヤ!
2021-02-17 19:28:14[投稿番号:188]

きょう、教えられ考えていること
詩篇143篇5節から
 今日のディボーション箇所は、詩篇143篇でした。特に心に留まった節は、5節です。「私は昔の日々を思い起こし あなたのすべてのみわざに思いを巡らし あなたの御手をわざを静かに考えています。」これは、4節で「私の霊は私のうちで衰え果て」と7節の「私の霊は滅びてしまいます」の間にあります。

ちょうど、『舟の右側』の連載「あなたのディボーションのために」の三回目の原稿を編集者に送ったすぐ後でしたので、余計、「昔の日々を思い起こす」ことの素晴らしさと大切さを覚えました。

神様は変わることにないお方であるので、昔の日々を思い、そこで共にいて導いてくださった方を、今の歩みにそのままお迎えする(適用する)ことができるのです。もちろん、神様の方法は同じではありません。しかしそれでも、神様の本性、神様の御心は変わることがなく、いつでも、いつの時代でも、お頼りすることができます。

連載の準備をしながら、40年以上前に牧師になった頃のことや11年間の岐阜県での田舎伝道、その後カナダでの7年(うち6年の伝道牧会も)などを思い浮かべていました。・・・カナダでの7年間は、本当に神様の御心であり、御手の中にあったなあ・・・これがあって、今の自分があると言えるほどです。本当に神様に感謝します。いろいろ昔のこと(?)を考えていると、また新しい思いが与えられ、これからの歩みの力になることを感じます。ハレルヤ!

「お知らせ」:「会員資料室」に、新しく「黙示録20章4?6節を解釈するための資料」をアップします。ちょうど、東海聖書神学塾の終末論のクラスで学んでいた時に、黙示録20章4?6節について質問がでましたので、準備したものです。関心のある方はご覧ください。
2021-02-12 18:51:58[投稿番号:187]

G.フィー著の『God’s Empowering Presence』
もう一度、本書の翻訳(要約)を再開しました!
 パウロの聖霊論と言えば、ゴードン・フィーの『God’s Empowering Presence』です。ほとんど、この本しかないと言ってもいいです。この本は、あまりにも素晴らしいのですが、問題が一つあります。それは、全体で、約900頁以上あること。日本語に訳したらおそらく、1500頁ほどの書になるでしょう。

そんなことで、思い切って2004年(5月)に本書の翻訳(要約)を始めました。そして2007年12月で、パウロ書簡全体の「分析(パート1、800頁まで)」を終えることができました。最後は、「統合(パート2、800?900頁まで)」が残っていました。少し休んでから、2010年4月に、「統合:12章(約20頁)」も終わることができました。しかし、それからずっと長い間、そのままにしてしまいました。理由は、他のことが忙しくなったことと、13章(20頁)の英文が、私にとっては、内容とともに非常に難しかったからです。

ただ、『ジャンルを大切に聖書を読む』を通して、「ワーダン・スピリット」の「ワード」の部分は少し進んだのに、「スピリット」は止まったままになっていることに気づきました。それではいけない!・・・それで、昨年の11月頃からもう一度、13章の翻訳に挑戦することにしました。少しずつ少しずつ、ある日は一行だけとか、何もできない日もありました。
とにかく、朝か、夜か、月曜か火曜日(一応、お休みの日)の時間を少し使って。・・・やっと最近、13章のほとんどを終えることができました!

本書の「統合部」は、15章まであります(そのあとは、結びと付録)。今は、14章に入っています。「統合」の部は、内容が濃くて、英文も難しいのですが、とにかく皆さんに、フィー先生による「パウロの聖霊論」を知っていただきたくて頑張っています。なんとか春まで、駄目なら、夏までに、本書全体の「要約」をまとめて、読んでいただけたら、と考えています。そうすれば、「ワーダン・スピリットの会」の「スピリット」についての働きも、少しできたことになるでしょうか。偉そうな言い方ですが、もっともっと、「聖書的なご聖霊」について学び、共に教えられていきたいと願っております。時間がかかりますが、翻訳も幸いです。ハレルヤ!
2021-02-05 14:46:50[投稿番号:186]

現代にも奇跡はあるのか?パート2
奇跡か、奇跡的か、偶然か、それとも?
 先週、礼拝メッセージの準備をしていて、あの「例話」をお話ししようと思い立ったのですが、なかなか正確にそのストーリーを思い出すことができませんでした。また、私が長年集めて来た「例話・資料」ボックス(スチールでできていますが、その中にジャンル別の例話や資料が全部で、たぶん、1000以上?あると思います)を調べたのですが見つけることができませんでした(以前も調べたことがありましたが、見つけられませんでした)。

しかしどうしても欲しくて諦められませんでした。以前、『舟の右側』で読んでいた時、その話が紹介されていたことは覚えていました。またその先生の名前(福田充男氏)も覚えていました。ほとんどその先生に電話して、その話についてお尋ねするところでしたが、その前に、インターネットで調べてみました。すると、福田先生が、新しく出版された本(『野生のキリスト教』)について説明しておられる動画が出てきました。内容にも関心がありましたので、その本を注文することにしました。翌日、その本が届きましたので、目次をみて、興味のある箇所を開いてみました。
なんと、その箇所の最初のページに、私が求めていた「あの話」が載っていたのです。びっくりするとともに、また神様に感謝しました!

こうして、先週の礼拝メッセージ(ルカ14章)の中で、「あの話」を紹介することができました。前回といい、今回といい、私は少し驚いています。奇跡ではなく、ただの偶然の繰り返しかもしれません。しかし、これも神様の御手の中にあることとして、神様に感謝をささげました。ハレルヤ!
2021-01-29 21:24:26[投稿番号:179]

現代にも奇跡はあるのか?
奇跡か、奇跡的か、偶然か、それとも?
 今週、突然、使っていた携帯が真っ暗になってしまいました!インターネットで回復の方法を調べ試したのですがだめでした。それですぐに、近くのソフトバンクの店(2軒)に行ってみてもらいました。どちらの店でも、スタッフの人が一所懸命調べてくれたのですが、私の携帯は故障していて、アップルの店に持って行って修理してもらう必要があるという結論でした。

仕方がないと思いつつ、携帯に手を置いてお祈りをしたのですが、(やっぱり?)駄目で、修理前に、携帯のデータをバックアップをする必要があるので、我が家にしばらくぶりで来た娘夫婦にこれを頼みました。私は牧師室にいたのですが、すぐに、牧師館に来るようにと連絡をうけました。何があったのかと思いながら、行ってみると、家内も娘夫婦もニコニコしながら、すべて直った携帯を見せてくれました。私は、しばらく何が起こったか、分かりませんでした。娘婿が、バックアップするために私の携帯の二つのスイッチを押したら、真っ暗だった携帯が突然明るくなり、すべてが回復したと言うのです。ハレルヤ!・・・

これは、本当に神様による奇跡だったのか、奇跡的なことだったのか、それとも、携帯の故障は一過性のものだったのか、よく分かりません。ただ最近、もう一度、まじめに(?)現代の奇跡について考えるようになっていましたので、理由は何であれ、神様の御業に感謝の祈りをささげました。

私は、ずっと「ノン・セセーショニスト」(non-cessationist)です。カナダの神学校で、この課題について小論文を書いた時からずっとそうです。アドバイザーは、J.I.パッカー先生でした。論文を見て、どんな批評をしてくださったか覚えていませんが、論文としてはよい評価をいただきました(もちろん、だからと言って、パッカー先生がノン・セセーショニスト」であるとは言えません)。セセーショニズムについて、ここで長くなる話を書くつもりはありませんが、この時の私自身の結論は、その後、学びつづけていく聖霊理解、また聖書時代の預言、現代の預言理解に大きな影響を与えたことは確かです。

もう一度、現代の奇跡に戻りますが、私は、現代でも、状況によって奇跡が起こると考えています。新約時代に終わったとは思っていません。個人的に、ここで奇跡がほしいと一所懸命祈ったのに、奇跡は起こらなかったり、また、思ってもいない時に奇跡が起こったり、また私の必死の祈りに神様はあわれみによって応え、奇跡を与えてくださったこともあります。ただし、学んで来たことは、奇跡についても、人間中心ではなく、神様が主権者であるということです。

携帯が直ったというだけではありませんが、最近、また「現代の奇跡」について考えるようになりました。奇跡があまりにないと、それが続くと、確かに期待が小さくなってしまいます。ノン・セセーショニストの私でも、すべての奇跡が終わったしまったかのように思うことがあります。しかしまた、「現代の奇跡」を求めて、歩んでいきたいと思います。もちろん、これを決めるのは私ではなく、主権者である神様です!ハレルヤ!
2021-01-21 18:51:53[投稿番号:178]

再献身のめぐみ
お正月から2週間・・・
 お正月からまだ2週間しか経っていませんが、新年のお祝いはずっと前のことだったかのように思ってしまいます。コロナ禍にあって、いろいろな問題がありすぎて、新年のお祝いがどこかに吹っ飛んでしまった感じです。

ただ今でも感謝に思っていることがあります。それは、1月3日の「新年礼拝メッセージ」でもお話ししたことですが、もう一度、自分自身の献身を新しくしたということです。そして、この再献身の恵みがなおも続いているということです。「当たり前でしょ!」って言われそうですが、献身状態をずっと続けていくことは簡単なことではありません。再献身しても、それをすぐに忘れたり、また簡単に、献身状態から外れていくのです。

自分がかかわっている関係、自分が持っているもの、時間、場所や領域など ・・・これらを洗いざらい、もう一度神様にお捧げしました。そして、この恵みで新しい一年を始めました。そして今でも、時々、この再献身の恵みを思い起こしながら(つまり、自分は神様にすべてを捧げた者であることを確認しながら)、歩んでいるのです。

皆さんはどうか分かりませんが、私は、献身してもすぐにそれを忘れたり、すぐにそこからずれてしまいます。再献身は不可欠で、こんなに素晴らしい恵みはないと思っても、こんなに身軽になれることが分かっても、またしばらくすると、献身が曖昧になってしまうのです。

(再)献身は、ゴールではなく、スタートラインです。ここから、私たちの歩みは始まります。なんとかこの一年、少しでも、献身において成長していくことができますように。再々々々・・・献身のめぐみがいつでも備えられていることはなんとありがたいことでしょうか。あわれみでしょうか。いつでも、やり直しができるのです。ハレルヤ!
2021-01-13 19:46:02[投稿番号:177]

最近、特に考えていること
「黙想すること」について
 年末感謝礼拝(12月27日)、元旦礼拝(1月1日)、新年礼拝(1月3日)の三つの礼拝メッセージで触れて来たことがあります。それは「黙想すること」です。最近、特にこのことについて考えるようになっています。

「黙想すること」の大切さについて教えられたのは、J.I.Packer先生の『神について』を読んだ時だったと思います。まだ牧師になりたての頃でしたが、大神学者が「黙想」をすすめていたのです!初めは、少し違和感がありましたが、すぐに納得し、またこのことの大切さを確信しました。あとで読んだ先生の論文のの中で、「神学と霊性の結婚」について語っておられる個所がありましたが、これも、同じ流れの中にあると言えます。

第一ヨハネの手紙3章1-3節における「自分を清くします」の真意について、その前後の文脈から明確に知ることは難しいようです。「互いに愛し合うこと(3:11)、キリストのうちにとどまる(2:28)、善をおこなう(1:29)」も関係しているかもしれません。また、私としては、「自分を清くする」ということに関して、御子に似る者へと変えられていくために、私たちの側から、「恵みの応答として」ですが、御霊とみことばに導かれながら、黙想していくことの大切さを加えたいと思っています。

A.マクグラスが、カンタベリー大司教(ドナルド・ゴーガン」のことばを引用していました。「…コーガン氏は悲しそうに私に語りました。『頭から心への旅は、私たちが知る旅のなかでも最も長く、難しいものである』と。」
私も、この最も長くて難しい道を味わっている一人ですが、みことばと御霊による黙想なしにこの道を進むことはできないだろうと考えています。自分自身のためにも、教会の兄弟姉妹たちのためにも。

最後に、パッカー先生のことばを引用します。「健康なクリスチャンは、必ずしも外向的で元気のよいクリスチャンのことではなく、魂に神の臨在感を刻み込み、神のみことばにおののき、それを絶えず黙想することによって彼自身の内に豊かに住まわせ、そして毎日、みことばに対して自分の生活をテストし、改革している人のことである」

コロナ禍は、これからどうなっていくか分かりませんが、みことばと御霊によって黙想し、そこから遣わされていく者でありたいと強く願っております。ハレルヤ!
2021-01-06 20:32:17[投稿番号:176]

二つのお知らせ
読書会とクリスマス・イブ礼拝
  お知らせ(1)「書きっぱなしにしない!出版しっぱなしにしない!」ということで、オンライン(Zoom)で、『ジャンルを大切にして聖書を読む』の読書会の開催を考えています(関心のある方は、以下の基本方針をお読みくださり、メールで参加希望をお寄せください。wordanspirit@nifty.com)。

基本方針は、今のところ以下のとおりです(後で多少変更するかもしれません)
   *毎週一回、約一時間。日曜日の夜:7時から8時までの予定。
   *信徒の方対象です。必ず牧師の許可を受けてご参加ください。
    また、拙著にある通り、私は聖書を神様の御言葉と信じ、
    また御言葉に従って歩んでいきたいと願っておりますので、
    このことに賛同してくださる方、どうぞご参加ください。
   *学びの内容は、『ジャンルを大切にして聖書を読む』を使って、
     聖書の読み方について、ともに考え、学びたいと思います。
   *参加費は無料、*質問は前もってお出しください(一人一回まで)。
   *読書会は、四回(一ヶ月)で各章の学びを終わるようにしたいです。
   *参加申し込みは、メールでしてくださるようにお願いします。
     (渡辺まで:wordanspirit@nifty.com)。その際、お名前と
    所属教会(教団)などをお書きください。
   *参加者の受付は、先着順でいきたいと思いますが、読書会の性質上、
    人数に制限があります。また、何らかの理由でお断りしなければ
    ならない場合もあると思いますので、その節はどうぞお許しください。
   *あとで追加事項がありましたら、お知らせいたします。

なお、私が牧会しております、同盟福音基督教会の諸教会と稲沢教会に属しておられる兄姉につきましては、別の形で読書会を考えております。準備ができましたらお知らせいたします。

お知らせ(2)12月24日に稲沢教会で行いましたクリスマス・イブ礼拝のプログラムです。初めと終わりの司会、そしてメッセージはライブですが、その他のプログラムは録画です。24日は、これらを合わせて配信しております。お時間がとれましたら、ご覧ください。https://www.youtube.com/channel/UC9tlppQyWj51KdpwWYuP3cw

メリー・クリスマスと新年あけましておめでとうございます。
2021-01-04 20:51:14[投稿番号:175]