背骨の圧迫骨折でした!
お祈りを感謝いたします。
 今週の火曜日にMRI検査を受け、背骨の一部が骨折していることが分かりました。いつもの腰痛と違って、痛みがずっとつづいていました。来週、コルセットを着け、3か月間生活することになります。皆さんのお祈りを感謝いたします。

 痛みを感じながら、いろいろ考えました。以前、松葉づえを使いながら立って、礼拝メッセージをさせていただいたことがありましたが、今回は、身体に痛みを感じながら、イエス様の十字架を想い、聖餐式の司式をすることができました。いつもと少し違う、聖餐式になりました。

 痛み止めがないと、痛くて眠れないし、食べられないし、机に向かうこともできません。お祈りも、ディボーションも苦しいです。こんなに痛み止め(ロキソニン)がよく効くとは思いませんでした。兄姉の中で、今も、痛み止めを使って生活しておられる方々がおられます。このような兄姉に少し近づいて、祈り、ともに歩めそうです。いろいろと感謝と恵みが見つかりますね。

今週から、東海神学塾で、後期の「霊性」のクラスが始まりました。6人の兄姉が受講していてくださいます。「霊性」のクラスは、ただ学びだけのクラスではなく、自分自身の信仰状況や悩みなども分かち合ったりするので、とても嬉しいクラスになります。そして、ともに成熟に向かっていく時になります。そのようなクラスになるように願っています。

以前の「霊性」のクラスの中で、ある兄弟がこんな証しをしてくれたのを忘れることができません。今まで、三位一体論について学んで来ましたが、それはただ頭だけの学びでしたが、霊性のクラスをとおして、本当に自分自身のものになりました!

今週も、来週も、いろいろなことがありそうです。少しでも、断続的に祈りながら、御霊に導かれていきたいです。ハレルヤ!
2022-10-07 20:25:06[投稿番号:288]

月曜日に怪我をしました!
お祈りを感謝いたします。
 月曜日の早朝、例のグランドで、速足で散歩をしておりました。それもバックで(時々、やります!)。ところが、その日は、グランドの一部を工事用の資材置き場にするために、よくあるバリケードで囲ってありました。意識していたのですが、バックしていたホンの一瞬、聖書の御言葉のことを考えていた時でしたが、バリケードに引っかかって仰向けに倒れ、腰を思いきり打ってしまいました。

それ以来、ずっと鎮痛剤と貼り薬を使っています。医者にも行きましたが、痛みがおさまらなければ、来週、精密検査をうけなければなりません。痛み止めが効いている間は、なんとか机に迎えますが、それでも無理はできません。。。

月末で週末なので、焦ったり、祈ったり、という感じです。続けてお祈りすることも難しいです。来週の礼拝メッセージは、教会の兄弟姉妹はびっくりされるかもしれません。。。

2コリント1章4節のようではありませんが、最近、身近な方々が病で倒れ、治療を受けたりしておられ、お祈りをつづけていましたので、これらの兄姉の痛みにほんの少し近づかせていただいて、お祈りができるようになったと言えるかもしれません。

本当に、打たれ、傷つき、痛まないと、本当に相応しい隣人にはなれませんね。いつも、「自分自身のように隣人を愛しまう」と祈っているのですが。。。

きょうのブログはこんなところです。すみません。ただ「い・た・い・よ!」と書いた方が良かったかもしれません。

教会でも、「後ろ向き走法」をおすすめして来ましたが止めました。皆さんも気をつけてください。ハレルヤ!
2022-09-30 19:48:30[投稿番号:287]

本を買っていただけるようになりました!
最近のことなど
 『ジャンルを大切にして聖書を読む』を読んでいただいた兄姉の皆さんを中心に、『あなたのディボーションのために』の宣伝をしましたら、皆さんから、本の注文が来るようになりました。

 初めは、100冊も印刷して大丈夫だろうか、大量に余ったらどうしようと思ったのですが、注文をドンドンいただいて、ホットしております。ある教会からは、30冊お願いしますという連絡をいただきました。今は、本が足りなくなったらどうしようと、心配するようになりました。11月末に稲沢で教団総会がありますが、なんとか、この時まで残っていればと考えています。とにかく、感謝いたします。

今朝、食事をしていると家内が、「きょうは祝日だね!」と言いました。私は、きょうが祝日であることを全く忘れておりまして、いつものことをいつものようにしていこうと考えておりましたが、気持ちを少し切り替えて、少しリラックスしながら、いつものことをいつものようにすることができました。また、祝日なので、普段継続的に学ぶことのできない、聖霊論関係の学びの時間も増やすことができました。

例のゴードン・フィーの翻訳は、最後の付録(旧約の聖霊)まで来ていますので、少しやることができました。
また、『舟の右側』の連載用の原稿も少し準備することができました。また、いつものように、今度の礼拝メッセージの準備(ローマ1用16節以下)もしました。たくさんのメールの返事を書きました。
教会の事務的なこともしました。

嬉しいのは、「Withコロナ」から、「Withoutコロナ」になるかもしれないことです。教会では、まだ以前のような形の、礼拝後の昼食会はできませんが、今度の礼拝後は、皆で、近所のブラジル・レストランに行くことになりました。また、10月最後の日曜日の午後に、ファミリーコンサートを開くことになりました。2年半以上、クリスチャンでない方々を教会にお招きすることはできませんでしたが、このコンサートを皮切りにすすめて行きたいと願っています。

近くで陽性者が起こっていますので、まだまだ気をつけなければなりませんが、「福音に生き、福音をお分かちしていきたい」と願っています。
祝日は、あっという間に終わってしまいました。ハレルヤ!
2022-09-23 20:27:07[投稿番号:286]

「あなたのディボーションのために」本が届きました!
ローマ書を読みながら、想うこと
 今週、『あなたのディボーションのために』が届きました。本の中でも、ディボーションの刷新の必要を繰り返し書いていますが、本当に、今でもそのように思っています。習慣化されることはいいのですが、それがいつの間にか、「お勤め」のようになってしまうのです。
また、きょうも、明日も、点検し、刷新していきたいと思っています。皆さん、本の必要な方は、ご連絡下さい。前回のブログに書いたとおりです。

ディボーションで、ローマ書を読むようになって、ちょうど一ヶ月が経ちました。いろいろ分からないことが出て来ますが、それでもまた、以前分からないところが分かったり、こういう意味かもしれないと推測できるようになったりで、ローマ書を読むことの面白さを感じています。今は、ローマ書12章に入っています。

また、これは、前にブログで書いたことに繋がりますが、以前読んだ時(?)の読み方と少し変わって来ていることがあります。それは、聖霊論的に読むようになったということです。たとえば、聖霊のことが、そこに文言としてなくても、そのように感じるところは、ご聖霊の臨在や働きを加味して、みことばを読むようにしています。

例えば、最近読んだ箇所は、12章1‐2節のよく知られている箇所です。以前、読んだよみ方は、その前の9‐11章の流れの中で、12章も読むということでした。これは、正解だと思います。

さらに、今回、二つのことを発見して、読むようになりました。一つは、2節の意味(特に、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい)とありますが、「心を新たにすること」の意味がはっきりしませんでした。これを、字義的な文脈を大切にして読むと、1節の「自分を生きた供え物として捧げること」と一つではないかと考えるようになりました。そしてそのように読みました。たぶん、アーメンです。

さらにもう一つは、この1節を聖霊論的に読むようになりました。それは、この個所の意味が、1コリント6章19‐20節に重なるように思ったからです。コリントの方では、「あなたがたの身体は、聖霊の宮であり、身体をもって神の栄光を現せ」とあります。ローマの12章1節では、「身体を捧げよ」とあります。いろいろと重なる部分が見えてきました。また、2節の「自分を変えていただきなさい。」は、ギリシャ語の直訳は「変えられなさい」です。つまり、ここは、聖霊によって変えられよ、変えられて行きなさいと理解できます。

こんな感じで、少しずつですが、文脈を大切にしながら、また、聖霊論的に、ローマ書を読み直し、いろいろな発見をして恵まれています。

礼拝メッセージの箇所は先週からローマ書になりました。少しずつ、ディボーションで教えられたことも加えて、教えられていきたいと願っています。

ローマ書は難しいですが、また、主にある兄弟姉妹と分かち合いながら、共に礼拝を捧げられることを感謝いたします。ハレルヤ!
2022-09-16 19:51:25[投稿番号:285]

ディボーションの再点検!
…本当にディボーションにも完成はないですね。
先日、ある方に助けていただいて、「あなたのディボーションのために」の背表紙を準備することができましたので、プリントパックに送りました。来週には、刷り上がってくると思います。100部お願いしましたので(A5、約80頁)、300円位+送料でお分かちできると思います。必要な方は、メールでお知らせください。これだけではありませんが、10月からの「霊性のクラス」のテキストが準備できました。

 あらためて、読み直して、私自身のディボーションに関して、忘れていたこと、はしょっていたこと、いいかげんになっていたことなどがあることに気づきました。自分こそ、自分のディボーションを刷新していかなければならないことを知りました。

夏の間、サボっていた「お祈り散歩」を再開しました。朝、6時半と言っても、非常に暑くて(言い訳ですが)、休んでおりました。しかし、もう一度、やり始めると、「お祈り散歩」の素晴らしさ、必要性がよく分かりました。

 なぜなら、「お祈り散歩」(今は、約20分ほど)は、私の場合、ディボーション+個人的な聖書研究と、一日の始まり(朝食など)の間にあって、ちょうどよい「橋渡し」になっているからです。
 「ディボーションプラス」運動を提唱してきましたが、ディボーションの後の生活のために、また、その準備(橋渡し)として、この「お祈り散歩」は欠かせないことがよく分かりました。

あらためて、正直で、率直な、神様との交わりと個人礼拝、そして個人的な聖書研究を大切にしながら、9月からの歩みを進めていきたいと願っております。

「御霊によって(前回のブログ)」と「ディボーション(今回)」は、ディボーション後の生活にとって本当に必要な恵みの場であることを痛感しております。感謝いたします。ハレルヤ!
2022-09-09 19:54:57[投稿番号:284]

ディボーションでローマ書を読みながら
御霊によって歩むしかないのではないか?
 8月の夏が終わり、9月が始まりました。少し涼しくなったかなと思うこともありますが、まだ暑いですね。。。

最近、あらためて感じていることは、「御霊によって」歩むことの大切さです。これは、不可欠な重大要素ですね。

今、三つのことをやっています。いずれも、牧会や神学校の奉仕と関係していますが、一つは、10月から始まる「霊性のクラス」の準備です。もう一つは、G.フィーの聖霊論の本の翻訳ですが、信仰生活や教会生活に、いかに聖霊が深く関わっておられるか、教えられつづけています。翻訳をしながら、また教えられたり、再発見したりしています。

第三は、来週の日曜日で、「使徒の働き」の礼拝メッセージが終わりますので、次に始める予定のローマ書をまず、ディボーションで読み進めています。今、7章まで来ました。聖霊についての言及は多くはありません。8章になってドッーと出て来ます。しかし、1章から7章まで読んで来て、「聖霊」という言葉が実際になくても、ローマ書全体の教えからみると、「聖霊とその働き」に関する言葉が出て来てもよいのではないかと感じる箇所がいくつかあります。

書かれていない所に、「聖霊」を無理やりに入れようとしているのではありません。ただ、ローマ書の核心に御子と御霊がおられるので、御霊についての直接的言及がなくても、「聖霊とその働き」を入れてもよい箇所を見つけます。例えば、1章16節、6章11節、19節がそうです。

「ワーダン・スピリットの会」を通して、みことばと聖霊の大切さを強調してきましたが、この方向でやってきてよかった、これからも、この方向で進ませていただきたいと願っております。感謝いたします。ハレルヤ!
2022-09-02 19:03:15[投稿番号:283]

夏休み(?)もあとわずか・・・
この夏の宿題は?これからは?
 子どもたちの夏休みもあとわずかになりました。ブログで8月5日に書きました「私の宿題」のゆくえはどうなっているでしょうか。

一つは、『ジャンルを大切にして聖書を読む』の正誤表を作ることでしたが、これはすでに出版社に送りました。ただ、この後も、誤りが見つかるかもしれません。

もう一つは、10月から始まる、神学校の「霊性(スピリチュアリティ)」のクラスのためのテキストを準備することでしたが、これも、ほとんど内容の確認まで、きましたので、来週には、出版社(プリントパック)に送る予定です。

問題は、第三のゴードン・フィーの大著の翻訳です。見直しをつづけていますが、現在は、885頁まで来ています。どうしても、分からないものは、友人たちや息子に質問をしながら、少しずつ進めています。本文は903頁まで、付録がプラス10頁あります。8月末でおわりませんが、9月の前半でなんとか完成したいと願っております。

前回のブログで触れましたが、「孫の心」よりも「自分の予定」を優先しようとしていた自分の愚かさに気づかされましたので、すべてを神様にお委ねし、「自分の予定・計画」を成し遂げることを第一にしていないか、これからも点検しながら、進めていきたいと思います。

すべての予定は、「神様のみこころなら」と言うべきでした。ヤコブ4章15節にあるとおりです。「・・・主のみこころであれば、私たちは生きていて、このこと、あるいは、あのことをしよう」と言うべきです。」

これまで、ずっと約30回かけて、使徒の働きから礼拝メッセージをさせていただきました。あと、1、2回で終わることになります。この後のことについて考えて来ましたが、たぶん、ローマ人への手紙になると思います。
ローマ人への手紙は、その内容の深さやむずかしさから、礼拝メッセージで連続的に取り上げることを避けてきましたが、そろそろ、ローマ人への手紙に直面する時が来たかもしれないと思うようになりました。

徹底的に、「救い」と「これに基づく信仰生活」について教えられていきたいと願っています。
季節は、夏から秋に向かっています。コロナ禍にありますが、皆さんお一人お一人が守られ、神様にある歩みが豊かに導かれますように。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。ハレルヤ!
2022-08-26 21:08:32[投稿番号:282]